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Memo/龍郷町誌歴史編
Category 大盛マスクのメモ
奄美群島
鹿児島県大島郡龍郷町

書誌情報

本文

幾つか興味深い事項があるので、ここにメモを記す。

【P92】瀬留はもともと瀬花留部であった。町誌は「瀬留文化の波」(昭和十四年十一月十九日;瀬留字戸主会発行)を引き、名称変更許可が大正8年であること、原因が郵便物の誤送誤記であるこを挙げている。一方で、鹿児島県大島郡統計書から年代が合わないと指摘している。

【P108】町誌は、享保15年に『「龍郷方浦村」が「瀬名方浦村」に編入替え』と記している。

【P109】町誌は、安木屋場は村名としては無く、大字龍郷の一部であったとしている。また、大字としての発足は昭和38年4月1日としている。理由としては、「大字区域の設定」を引用し、そこでは地形の急峻さと人口増加、書類などの不都合を挙げている。

【P111】龍郷町は過去の方の区画とは一致しない部分があるが、町誌は「住民感情が表面化し紛糾する事態にはいたってない」としている。一方で、従来赤木名方であった2村について、『赤尾木と芦徳の古老たちは、一抹のさびしさをかみしめてひそかに涙を流していたというエピソードがある』としている。これは別の資料を引いたものではないので、ここを執筆した人が、誰かから聞いたということだろう。ここで注目すべきは、涙を流したのは「古老たち」であるという点で、この処置に関して、生活上の不都合は無かった可能性が読み取れる。

【P111】町誌には龍郷方のうち、有良と芦花部は名瀬村(現在の奄美市)に移ったとある。